和ごころのある住まいを。

0120-0827-39

ブログ

2012年1月の記事

2012.01.19 ひろしま通

hirosima-tu.jpg

ぼけぼけの写真ではじまってしまいましたが、「ひろしま通」に認定されました!

一昨年まで二年連続で受けていた「宮島検定」が土曜日の為、昨年は日曜日開催の「ひろしま通検定」に鞍替え受験しました。

広島に生まれ、広島に育ちはしましたが、知らない事もたくさんで意外と楽しかったお勉強。

例えばこんな問題

Q1.次のうち西国街道のルートに架かる橋で、被爆しながら今も健在な橋は京橋と何橋でしょう?

 1 天満橋 2 本川橋  3 元安橋  4 猿猴橋 

Q2.大竹市生まれの作詞家・石本美由起の作品でないのは?

 1 憧れのハワイ航路  2 津軽海峡・冬景色  3 矢切の渡し
 4 長良川艶歌

答えは最後に。

おもしろかったがいまいち頭に入りきらないままむかえた検定になんとかひっかかって無事認定。

こうして認定証が届くと気分が再び盛り上がります♪

さらに、認定者特典があり、広島市の美術館や動物園等の施設や飲食店にて割引きやサービスを受けることができます。

美術館の入場料割引はものすごくうれしい!自分の力で勝ち取ったかと思うと感慨ひとしおです。

今年も幸先よい船出となりました。(Y)

 

 

Q1.解答

正解 2 津軽海峡・冬景色

正解率 59.3%

解説
 大竹市出身の石本美由起さんは、1948(昭和23)年、「長崎のザボン売り」(歌唱・小畑実さん)で、作詞家としてデビューしました。
 この歌に続き、同年「憧れのハワイ航路」(歌唱・岡晴夫さん)を発表して大ヒットを記録しました。
 島倉千代子さんの「東京の人よさようなら」や美空ひばりさんの「悲しい酒」など、手がけた作品は約4,000曲にのぼります。

 石本さんの作品のうち、「矢切の渡し」(歌唱・細川たかしさん)が1983(昭和58)年に、「長良川艶歌」(歌唱・五木ひろしさん)が1984(昭和59)年に、2年連続して日本レコード大賞を受賞しています。

 また、石本さんは、日本作詞家協会会長、日本音楽著作権協会理事長などを歴任、紫綬褒章や勲三等瑞宝章を受章しています。
 大竹市にある亀居公園には、石本美由起さんの作詞家生活40周年を記念してつくられた「詩の坂道」があります。「悲しい酒」や「憧れのハワイ航路」など7つの歌碑と1つの記念碑が遊歩道で結ばれています。
 ちなみに、選択肢2の「津軽海峡・冬景色」は、阿久 悠さんによって作詞されました。

 

Q2.解答

正解 4 猿猴橋

正解率 55.3%

解説
 西国街道のルートに架かる橋で、被爆しながら今も健在な橋は京橋と、猿猴橋です。
 猿猴橋は、広島市内を流れる6本の川のうち1番東を流れる猿猴川に架かる橋で、かつての国道筋にあたり、藩政期からの西国街道の道筋でもありました。
 1925(大正15)年に架け替えられたこの橋は、当時広島で最も華麗な橋と言われていました。
 親柱には地球儀の上に鷲(わし)がはばたく像が据えられ、高欄には橋名にちなんで、桃を手にした猿猴のレリーフ装飾が施されていました。
 しかし、戦局が厳しくなり、金属類回収令により橋を飾っていた美しい装飾品も供出され、石の高欄と親柱に置き換えられました。
 原爆により、高欄の一部が破損する被害を受けたものの、構造的な被害は軽微にとどまり、多くの被爆者の避難路となりました。
 ちなみに、選択肢1の天満橋は、西区天満川に架かっていましたが、原爆被害により1945(昭和20)年10月に解体されました。現在の橋は1951(昭和26)年に架けられたものです。
 選択肢2の本川橋は、原爆により橋桁が移動し、危険な状態となったため板を渡して応急修理されましたが、9月の枕崎台風で完全に落橋し、橋脚だけが残されました。
 現在の橋は残された橋脚の上に、古い材料を再利用して再び鉄製トラスで架け直されたものです。 選択肢3の元安橋は、原爆により高欄がすべて川に落ちました。戦後間もなく、コンクリートの高欄が取り付けられるなど復旧されましたが、1992(平成4)年に被爆した親柱などを使用し、竣工当時を再現したデザインの橋に架け替えられました。

                         問題と解答いずれも「ひろしま通認定試験」公式HPより抜粋

2012.01.16 中川建設フェイスブックページをはじめました。

このページのトップ へ